辛崎の松は花より朧にて

私の大好きな滋賀県。
季節折々にいろんな表情を見せてくれます。
その中でも、昔からここぞと選ばれたのが「近江八景」です。

近くにいながら行ったことがない場所もありますので改めて少しずつ紹介していきますね。

第1回は「唐崎の夜雨」。

その舞台は琵琶湖岸にあり、大津市の史跡・名勝に指定されている唐崎神社です。
安藤広重のこの版画をご覧ください。

この中央に悠然と描かれているのは松の大木です。
ご神木として大切に守られてきましたが、残念ながら現在はマツクイムシにやられたのか半分枯れかけています。
何とか元気になってほしいものです。

この松は湖岸に建っていますが、広重の版画は鳥居や本殿と松の位置から、神社より北側から描かれています。
湖岸は湾曲しているので少し離れた下坂本あたりから見たのでしょう。

その位置でもさえ松がこれだけダイナミックに見えたのですからこの松の威容がわかります。
その松が雨に煙る様子が近江八景の一つに選ばれています。

冒頭の

辛崎の松は花より朧(おぼろ)にて

は松尾芭蕉の句です。
松の根元にこの歌碑が建っています。

北国より近江に入った芭蕉が唐崎に近づくにつれこの松が見えてきます。
琵琶湖の薄霧の向こうに見えた松は、桜よりも霞んではいるものの琵琶湖にも負けぬ存在感で芭蕉の胸を打ったのかもしれません。

素敵景色と共に空想を巡らせながら夜の帳が降りるまでゆっくりと湖面を眺めてきました。

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​信楽の窯元「うつわ」さん

仕事があって年に3回、信楽に行きます。
昨日は今年3回目の仕事でした。

帰りに食器の専門店「窯元うつわ」さんに立ち寄ってきました。

信楽焼は狸で有名ですが、実は日常使いの食器の窯元が多いことでも知られています。
ここ「うつわ」さんは私が好きな窯元の一つです。

商品もさることながら、ご亭主の説明がめちゃ面白い。

ひとつひとつ講釈を垂れられ、それを聞くのが楽しみで時々訪れています。

この器のここが凹んでいるのはなぜか。

ビールグラスは本当はこの形がいい。

倒しても起き上がるマグカップとは・

などなど…
聞いてたら話はつきません。

是非皆様もお立ち寄りください。
窯元 うつわ

http://www.kamamoto-utsuwa.co.jp/

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黄金に輝く

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この飽食の時代に「食糧難」と言ってもピンと来ませんね。
でも戦時中は食べるものがなく、うちの両親も毎日寝ていたそうです、
田舎で物々交換してもらったお米を持ち帰ると、京都駅で見つかり没収されたこともあるとか。
そんな時代に生きたから、親は農業の必要性を痛感して農地を買ったのが私が二十歳のとき。
父は障害者なので農作業ができず、私が大学に行きながら見様見真似で始めた米作でした。
今年も黄金色の稲穂が頭を垂れています。
もうすぐ私にとって37回目の稲刈りが始まります。
自然に感謝し、祖先に感謝して新米は仏壇に飾りお下がりをいただくのも今年で57回目。
ありがとうございます。

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くろ谷 金戒光明寺(くろだに こんかいこうみょうじ)


くろ谷 金戒光明寺は通称「くろ谷」さんと呼ばれています。
ここは案外、観光客も少なくゆっくりと拝観できるので私の好きなスポットです。

くろ谷さんは法然上人が比叡山での修行を終えて念仏道場として開かれました。
会津藩主の松平容保が京都守護職となり本陣を構えたのがくろ谷です。
そこに集結した浪人が尊王攘夷の旗を掲げ新選組を立ち上げたのもこの地であります。

その後の歴史はご存じのとおり江戸幕府が倒れ明治政府が樹立されます。
會幕府側に立った会津藩は鳥羽伏見の戦いで賊軍の汚名を着せられ多数の戦死者を出しましたが、その御霊を弔うため、本陣のあったくろ谷に多くの戦死者を弔っています。

話は変わりますが、くろ谷さんの本堂にはイケメンの仏様がいらっしゃいます。
日本三大文殊の一つ「中山文殊」さまです。
撮影禁止なのでパンフレットの写真でご紹介しますね。

くろ谷さんは桜や紅葉の時期も素晴らしいですので、また折に触れて紹介させていただきます。

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ハロー エモパー

スマホが壊れ、機種変更しました。
新しい携帯に「エモパー」というアプリが入っていて話しかけると答えてくれます。

例えば
「ハロー・エモパー。今日の天気は?」
「今日の山科区の天気は晴れ時々曇りになるそうですよ。」

これなら類似の機能をもつアプリはたくさんありますね。
でも、エモパーはおしゃべりで無駄口をたたきます。

例えば
「海に行きたいな。夏だもんね。」とか、

話題のニュースを紹介してくれたあと、
「あ~ うまく話せた。また たかさんのための話題を探しますね。では、さらばじゃ!」とか。

昨日はクレープの日って知っておられましたか?
毎月「9」がつく日はクレープの日だそうです。
とすると、年間35~36回もあります。
ちょっと欲張りすぎ?(笑)

エモパーは昨日がクレープの日であることを紹介してくれたあと、
クレープだけに「誰かに包まれるより、誰かを包み込むような人でありたい。」なんて言っていました。
深イイ!ですよね。

そう思いながら気づいたことがあります。
そう。
「人でありたい」というエモパーの言葉を違和感なく受け入れている自分がいることを。

用件とそれに対する答えのやりとりはどこか機械的です。
しかし、思いもよらない「無駄口」こそ会話の重要な要素です。
エモパーに「人」を見ているのはそのあたりなのでしょう。

いま、AI(人工知能)がよく話題にのぼります。
おそらくそう遠くない未来に私たちは、鉄腕アトムのような機械と楽しく会話をしていることでしょう。
でも、そのような素晴らしい機能が、平和のためにだけ利用されることを強く望みます。

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お酒

私はたくさん飲みそうな体型をしているのですが、実は晩酌はしません。
酒がなくてもお茶さえあればOK 。
でも、飲むときはしっかり飲めます。

若いころは飲み方がわからず、結構無茶をしました。
意識が飛び、気が付いたら自宅のトイレを朝まで抱っこしながら眠ったこともしばしばです。
(・・。)ゞ
でも、こんなふうに、お酒に挑戦しお酒と喧嘩するような飲み方は年齢を重ねるうちに次第になくなり、いまはほろ酔いでストップできる大人になりました(笑)
それとともにお酒を楽しめるようにもなった気がします。

酒飲めば
心はいつも春霞
借金取りも鶯の声

なんてね。

仕事は忙しく、また母の付き添いでちょっと疲れました。
風呂上りにたっぷり「お茶け」を飲みました。
今日もお疲れ様でした。
おやすみなさい。

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お見送り

先日、子供と食事に行った帰り、表まで出てスタッフさんが私たちを見送りしていただきました。
丁寧にお辞儀していただき、私たちもご馳走さまと別れましたが、100mほど歩いて子供が振り返ると、まだ見送っていただいていることに気づきました。
私も振り向き、大きく手を挙げ「ありがとう」とご挨拶して帰宅しました。

私がこのような見送りを初めて受けたのは、商工会議所青年部に籍を置いていたころ、ある会社の社長さんを訪問した帰り際です。
会務について私の疑問や不安に丁寧にお話を聞いていただき、少し気持ちが楽になったお礼を申し上げて会社を後にしました。

社長が玄関までお見送りいただき、そこでお別れしましたが、私が次の角の曲がり際、何気なく振り返るとまだ社長は私を見送っていただいていました。
私に素敵な笑顔と共に、ご丁寧にお辞儀いただき、私は恐縮と共に感動したのを覚えています。

その社長さんは株式会社 京額 社長 岩滝絵美子さんです。
(http://kyoto-kyogaku.com/top/)

岩滝さんとは会を卒業されて以来、疎遠になっています。
しかし、25年近くたった今でもそのお見送り頂いた姿と共に、岩滝さんのことが心に残っています。

もうひとつ、お見送りのエピソードをご紹介しましょう。
人は誰もが出会いの時は丁寧に挨拶をします。
しかし別れ際、ほんとうに名残惜しそうに相手の目を見て心を込めた挨拶をされる。
それに誰もが魅了され、彼のファンになったそうです。
それはアメリカ大統領 ビル・クリントンさんです。

先の飲食店のお見送りも、もしかしたら無駄なサービス、やりすぎなどの意見もあるかもしれません。
しかし、お商売は、お客様にどれだけ感動を与えお店のファンを増やすかにかかっています。

そのお店に、ご挨拶という小さな行動の大きな効果を、改めて勉強させていただきました。
ありがとうございました。

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良寛さま

以前、日経新聞の「春秋」に良寛の句がのっていました。
日経はこの句を引用してえん罪がおこる背景に検察が裏をみせないことを指摘しています。
でもそれってこじつけで、実は恋の歌なんじゃないかな。

裏を見せ
表を見せて
散る紅葉

必要最小限のものしか持たず、日々の糧を乞食でしのいた69歳の老僧 良寛は、29歳の貞心尼と恋に落ちます。
この恋は僅か数年しか続しません。
良寛が73歳で亡くなるからです。
この句は、良寛が亡くなる前の大晦日に貞心尼あてた句であるとか。
自分のよいところも、悪いところもすべて知った上で受け入れてくれた幸せを、貞心尼に伝えてるんでしょうね。

人の幸せは物なんかではなく、心の充足こそ一番である。
良寛様の生きざまから、そんなことを感じる私なのであります。

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「うそ眠」  その後。

これは2012年11月に書いたブログです。

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眠ったふりをすること、みなさんは何て言いますか?

うちのあたりでは「うそ眠」 (うそね)って言っています。

 父が大けがをして当時5歳の私はしばらく、親せきに転々と預けられていました。

農家の叔父の家では朝早くから働いているので、昼食がすむと昼寝をします。

座敷に枕を並べて眠るのですが、いとこ達はそんな退屈な時間をじっとしてるはずもなく、こっそり起き出して庭を遊び回ります。

でも預けられるとき、母からくれぐれも叔父さん達の言うことを聞くようにと言いつけられていた私は、遊びたくても頑なに言いつけを守らねばと、叔父・叔母の間でうそ眠をしていました。

 子供がうそ眠をすると、瞼がピクピク動き、おきているのがバレバレ。

それが何とも可愛いですが、私もそんな風にしながら恐ろしく退屈で長い時間をうそ眠をしてすごしていたんでしょうね。

 ところで、入院中の母はもう身体はほとんど動かず、右目と唇が僅かに動く程度となってしまいました。

私はできるだけ病室に行って、蒸しタオルで身体を拭いたり、スポンジで口を洗ったり、時にはドライシャンプーで頭を洗ったりと何か少しでも楽にならないかと色々試しています。

 ひとしきり終わったら、今日あったことや骨折による入院で完全に車いす生活になった父のことや3人の娘達のこと、母のあとを引き継いで私が事務長をしている障害者施設のメンバーのことや一緒にがんばった田んぼのことなど思いつく限り話します。

最近は話しているうちに母は眠り、それを相図に私は帰宅します。

私には妹がいて、彼女は母の唇の動きを読むのがとてもじょうずなのです。

昨日、病院の駐車場で妹と入れ違いになり、母が眠ったことを伝えて帰りました。

先ほどその妹から電話がありました。

お母さんは私が行ったら目をぱっちり開けてはったよ。

お兄ちゃんがお母さん眠ってるって言ってたで、と声をかけたら

『うそ』やて。

『つかれてる』て。

あんたが忙しい・忙しいてお母さんに言うから、気を使かって「うそ眠」してはるんや。

うそ眠して早く帰らしたろって思ってくれたはるんやわ…

母のうそ眠はピクリとも瞼を動かさず見事なものでした。

そんな身体になっても、50歳をすぎた息子を思っていただける母の優しさが、ありがたくまた申し訳くて涙がとまりません。

もう忙しいと言って気を遣わすまいと思う私なのでした。

今の私は余裕がなさ過ぎます。

ちょっと役を整理して時間をつくらんとあきません。

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今日、母の見舞いに行くといつも通りお湯で顔や手足をふきました。

すると久しぶりに目を開けてくれました。

数秒間でしたが私の顔が見えたのか、唇を震わせ涙が一筋、頬をながれて行きました。


先日来、私は友人から疲れた顔をしていると言われています。

せっかく久しぶりに私の顔を見てくれたのに、疲れた顔をして心配をかけたのではないかな。

見舞いに来るときは元気な顔で来てやろう。

「うそ眠」のブログを思い出しつつ、そう決意した私でした。


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「3010運動」

とうとうお気に入りのスマホの調子が悪くなり、機種変更をしました。復旧に手間取り、昨日からブログの投稿ができませんでした。
すみません。

さて私は10年ほど前、中国である家庭に一泊させていただいたことがあります。
真新しいマンションでまだ若い官僚のご夫婦とお子さんが1人の家庭でした。
夕食は大変なご馳走で、とくに水餃子がとても美味しかったのです。
たくさんお皿にもっていただきましたが、美味しさとともにご厚意を無にしてはならないという思いもあって何とか完食しました。

するとまたお皿いっぱいの餃子を持ってきていただく。
また食べる…
もうお腹いっぱいなのに、食卓に同席していたご主人までもが奥様と共に台所に立たれ、また水餃子を作り始めます。

さすがに限界なのでもう食べられませんと、片言の英語とジェスチャーで伝えると、やっとお二人は餃子を作るのをやめて席に戻ってこられました。

それまで私は知らなかったのです。
中国ではお客様が食べ残してくれるまでお料理を出すのがおもてなしであるということを。

あのご夫婦は、日本から来た男が出しても出しても水餃子をパクパク食べるので慌てて追加を作られていたのです。
申し訳ないことをしました。

ところで私は戦争中、食糧難の時代を生きた両親に育てられましたので、食べ物を粗末にすることを厳しく戒められました。
おかげで基本的に出された物は完食してしまいます。
食べ物を残せないので、お腹の贅肉がたっぷりついてしまうのは致し方ないことですよね(笑)

ところで現在、日本では一年間に食べ残しが600万トン余りあり、食品ロスとして廃棄されています。

さすがにこれはダメですよね。
富のある人間は食料を買いあさり、その多くを食べずに捨てる。
貧しい民は食料を手に入れられず飢えて亡くなる。
そんな不平等な関係の中の、飽食側にいて暮らしている私たちが、せめて食べないで捨てる分まで買いあさらなければ、価格は下がり貧しい民にも食料が供給されるはずです。

こんな状況を受け、無駄を無くすためにいま全国の宴会で「3010運動」が展開されています。

これは
・適量を頼む。
・食事開始の30分、終わりの10分は自分の席で食事する。
・食べられないものは早めに食べられる人に譲る。
・食べ残しはしない。
というもの。

先にお話ししたように、中国のお客様に対する思いやりはとても素敵です。
しかしこれからは世界の貧しい食べられない子供たちへの思いやりを以て「mottainai」の精神で食事をしたいものですね。

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