別れ

7年にわたり人工呼吸器をつけ寝たきりの入院生活を送っていた母が亡くなりました。

あれほど帰りたがっていた家ですので、葬儀を一日遅らせゆっくりと過ごしてもらいました。

葬儀は家族葬とし、身内と近親者、ご近所の皆様に見守られながら母は旅立っていきました。

生前にいただきました皆様のご厚情に感謝申し上げます。

ありがとうございました。

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夕日と桜とお月さま

いよいよ桜の季節がやって来ましたね。

会議のあと立ち寄った京都御所でも、桜が咲き始めています。

外国からのお客様も御所を散策しながら桜を愛でていらっしゃいます。

立ち止まって桜を見上げると、夕日に照らされお日さま色に染まった桜の向こうにお月さまが見えます。

ポカポカしてるから眠くなる。

あーぁッ

大きなあくびがひとつ…

平和だなぁ。

ありがたいなぁ。

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リハビリ

引き続きワンコの話題で恐縮です。

この子は生後7ヶ月。

ペットショップで売れ残っていました。

うちに来た頃は尻尾を巻いてブルブル震え、全く吠えなかったのに、ようやく慣れたのか人が来ると大きな声で吠えるようになりました。

しかし、元気なのも檻の中だけ。

檻から出ようとしません。

まして屋外なんて論外。

やっぱり尻尾を巻いて震えて動きません。

7ヶ月間、檻の中だけが住む空間の全てであったから、こんなふうになったのでしょうか。

自由からの逃走

かつて大衆がナチズムに傾倒していった過程を分析した本が確かあったよな…

大学で学んだであろうそんなフレーズを思い出しつつ、ワンコを不憫に思いました。

これから家族として少しずつリハビリしてやろうと思うわたしなのであります。

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新しい家族

13年間、ずっと家族を癒し続けてくれた犬が亡くなりました。

彼が本来 居るべき場所はぽっかり穴が開いたように寂しい空間があり、家族の誰もが少し無口になりました。

それに耐えきれずにいたところ、ご縁があってこの子がうちにやって来ました。

これから時々、このブログに登場するかと思います。どうぞよろしくお願いします。

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有明の月

今日の日中は雨でしたね。

せっかくの満月も見ることはできないとあきらめていたのですが、ふと空を見上げると雲が切れ真ん丸いお月さまが輝いていました。

冬の空は澄んでいて、泉の底に輝く金貨のように見えました。

月には色んな呼び名があります。

その中に、夜が明けても残る月のことを有明の月と言うそうです。

壬生忠岑はこの有明の月をこんな歌に詠んでいます。

有明の つれなく見えし 別れより

暁ばかり 憂きものはなし 

(あなたとお別れしたときは有明の月でした。それ以来、有明の月がでる夜明け前が私はつらくてなりません。)
好きだとストレートに言わないけれど、お別れした女性に対する壬生忠岑の思いが伝わってきますね。

そう言えば今夜のお月さまはこんなに大きいから、夜が明けてもまだ空に浮かんでいる有明の月になるかも知れません。

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​大阪の天神さん

昨日は大阪に物件の調査に行って参りました。
『商都』大阪は相変わらず活気に満ち、またその分、おっとり屋の京都人を急き立てワクワクさせてくれます。
最近はGoogleマップを使えば写真で街の様子もわかるしわざわざ行かなくても…という業者さんもいます。
でも不動産はやはり実際に現場を訪ね、街の空気を自分のなかにインプットしておかないと、物件の価値や魅力、逆にマイナスな面はわかりません。

そんなことでしっかり物件のことを調べて帰ってきました。

写真は天満橋かから見た景色です。
天満の地名はそもそも菅原道真に由来します。

京都の北野天満宮、福岡の大宰府天満宮とともに、この地にも大阪天満宮があります。

道真が京都から大宰府に流刑される途中、この地に立ち寄ったことが縁で建立された神社です。
道真の没後、天変地異が相次ぎ、その祟り恐れられ、御霊を鎮めるために神と崇められました。

その名は『天満(そらみつ)大自在天神』。

そこからこの地の地名、天満が発祥しました。

ちなみ、北野天満宮は『てんまんぐう』と読みますが、ここは『てんま』と読みます。
このお宮のお祭りである天神祭は日本三大祭りの一つに数えられています。

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辛崎の松は花より朧にて

私の大好きな滋賀県。
季節折々にいろんな表情を見せてくれます。
その中でも、昔からここぞと選ばれたのが「近江八景」です。

近くにいながら行ったことがない場所もありますので改めて少しずつ紹介していきますね。

第1回は「唐崎の夜雨」。

その舞台は琵琶湖岸にあり、大津市の史跡・名勝に指定されている唐崎神社です。
安藤広重のこの版画をご覧ください。

この中央に悠然と描かれているのは松の大木です。
ご神木として大切に守られてきましたが、残念ながら現在はマツクイムシにやられたのか半分枯れかけています。
何とか元気になってほしいものです。

この松は湖岸に建っていますが、広重の版画は鳥居や本殿と松の位置から、神社より北側から描かれています。
湖岸は湾曲しているので少し離れた下坂本あたりから見たのでしょう。

その位置でもさえ松がこれだけダイナミックに見えたのですからこの松の威容がわかります。
その松が雨に煙る様子が近江八景の一つに選ばれています。

冒頭の

辛崎の松は花より朧(おぼろ)にて

は松尾芭蕉の句です。
松の根元にこの歌碑が建っています。

北国より近江に入った芭蕉が唐崎に近づくにつれこの松が見えてきます。
琵琶湖の薄霧の向こうに見えた松は、桜よりも霞んではいるものの琵琶湖にも負けぬ存在感で芭蕉の胸を打ったのかもしれません。

素敵景色と共に空想を巡らせながら夜の帳が降りるまでゆっくりと湖面を眺めてきました。

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​信楽の窯元「うつわ」さん

仕事があって年に3回、信楽に行きます。
昨日は今年3回目の仕事でした。

帰りに食器の専門店「窯元うつわ」さんに立ち寄ってきました。

信楽焼は狸で有名ですが、実は日常使いの食器の窯元が多いことでも知られています。
ここ「うつわ」さんは私が好きな窯元の一つです。

商品もさることながら、ご亭主の説明がめちゃ面白い。

ひとつひとつ講釈を垂れられ、それを聞くのが楽しみで時々訪れています。

この器のここが凹んでいるのはなぜか。

ビールグラスは本当はこの形がいい。

倒しても起き上がるマグカップとは・

などなど…
聞いてたら話はつきません。

是非皆様もお立ち寄りください。
窯元 うつわ

http://www.kamamoto-utsuwa.co.jp/

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黄金に輝く

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この飽食の時代に「食糧難」と言ってもピンと来ませんね。
でも戦時中は食べるものがなく、うちの両親も毎日寝ていたそうです、
田舎で物々交換してもらったお米を持ち帰ると、京都駅で見つかり没収されたこともあるとか。
そんな時代に生きたから、親は農業の必要性を痛感して農地を買ったのが私が二十歳のとき。
父は障害者なので農作業ができず、私が大学に行きながら見様見真似で始めた米作でした。
今年も黄金色の稲穂が頭を垂れています。
もうすぐ私にとって37回目の稲刈りが始まります。
自然に感謝し、祖先に感謝して新米は仏壇に飾りお下がりをいただくのも今年で57回目。
ありがとうございます。

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くろ谷 金戒光明寺(くろだに こんかいこうみょうじ)


くろ谷 金戒光明寺は通称「くろ谷」さんと呼ばれています。
ここは案外、観光客も少なくゆっくりと拝観できるので私の好きなスポットです。

くろ谷さんは法然上人が比叡山での修行を終えて念仏道場として開かれました。
会津藩主の松平容保が京都守護職となり本陣を構えたのがくろ谷です。
そこに集結した浪人が尊王攘夷の旗を掲げ新選組を立ち上げたのもこの地であります。

その後の歴史はご存じのとおり江戸幕府が倒れ明治政府が樹立されます。
會幕府側に立った会津藩は鳥羽伏見の戦いで賊軍の汚名を着せられ多数の戦死者を出しましたが、その御霊を弔うため、本陣のあったくろ谷に多くの戦死者を弔っています。

話は変わりますが、くろ谷さんの本堂にはイケメンの仏様がいらっしゃいます。
日本三大文殊の一つ「中山文殊」さまです。
撮影禁止なのでパンフレットの写真でご紹介しますね。

くろ谷さんは桜や紅葉の時期も素晴らしいですので、また折に触れて紹介させていただきます。

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