京のぶぶ漬け

京都の人は「いけず」(意地悪)だと言われます。その有名な例として取り上げられるのが「京のぶぶ漬け」です。ぶぶ漬けとはお茶漬けのことです。

お客が帰ろうとしたとき、奥さんがこう言って引き留めます。

「ぶぶ漬けでもどうぞ。」

それを真に受けて、「そうですか! ではお言葉に甘えて。」なんて居残ると、奥さんはあわててお茶漬けを用意し、笑顔でお客さんを送り出してから、「あの人、厚かましい人どっせ…」なんて悪口を言われる。京のぶぶ漬けとはそんな話です。

私は半世紀以上も京都に住んでいるわけですが、実はぶぶ漬けを進められたことは一度もありません。

もっとも、井上章一さんの「京都ぎらい」にも記述されておりますとおり私の住まいは山科なので、行政区的には京都市内にあるけれど「京都」ではありません。

京都にはいわば中華思想のようなものがあって鉾町と言われるコアな京都の人からすると、山科なんて「京都」とちゃうと言われましょうし、山科に住んでるから「ぶぶ漬け」の話も知らんねんと叱られそうです。

 話を戻しますと、何でぶぶ漬けを勧めたら帰っての合図なのでしょうか?
それについてはこんな説があります。ぶぶ漬けはご飯、多くの場合は冷やご飯にお茶をかけただけの粗末な食事です。お客様を引き留めるからには、本当は手の込んだおもてなし料理を供したい。だけど恥ずかしながら「いま家にはお茶漬けでしかおもてなしできません。ごめんなさいね。」

「ぶぶ漬けでもどうぞ。」にはそんな意味が込められている。だから、お客さんはそれを察して「お気持ちは嬉しいですがこれで失礼します。」と言うのが礼儀なんだよ、と。

それがわかってしまえば何でもない挨拶ですね。大阪の「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんなぁ」と同じノリです。

そんな遠回しでなくもっとストレートに言ったらいいのにと思いますが、京都はチロリン村でとても狭いコミュニティですから、言葉をオブラートに包んで、できるだけ諍いにならないようにしたのでしょう。

外国では自分のことを120%主張しなければならないと言われますが、京都は真逆で、50%も主張せず後は察してくださいという「忖度する文化」をもっています。
そんな文化をもつ京都にいま、外国人のお客様があふれています。せめて外国からのお客様には、京都人は言葉足らずにならず、親切でわかりやすいコミュニケーションで素敵な京都の思い出をお持ち帰りいただくよう接したいものです。ぶぶ漬けを食べると言われたら、塩こぶと千枚漬けも出せるぐらいの心の余裕を持って(笑)

wahaha について

高山株式会社 代表取締役  高山行政書士事務所 代表
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